植田監督

植田監督は新日鉄(現在の堺ブレイザーズ)でセンタープレイヤーとして活躍していました。バルセロナオリンピックでは男子バレーの主将としてオリンピックに出場しています。バルセロナから16年間男子バレーはオリンピックから遠ざかっていました。現役を引退したあと、所属チームであった新日鉄を監督として率いています。

その監督の実績が認められて日本代表に招かれ、最初はジュニア、そして2004年からは全日本の監督に就任しました。植田監督が重視したのが、データについてです。相手チームの詳細なデータをもとに、作戦やメンバーを決定していたようです。その結果、男子バレー日本代表は今回の2008北京オリンピックの出場を果たしました。